2006

No.5

埼玉放射線Vol.54

■巻頭言

「後ろ向き社会」と「医療」
埼玉県放射線技師会  副会長  堀江 好一

今さら私が言うまでもないが、本当に現代日本は病んでいると感じる。次々と報じられる企業の不正、不祥事。そんな時、テレビの番組リポーターが得意げに言う決め台詞。
「今回のことは、どのような形で責任を取ろうとお考えですか?」また、社会問題となった企業の社員や、役所の職員の出勤時や退出時を待ち伏せて、「社員(職員)として、今回の事をどのようにお考えですか?」

「あ・・・いや・・・その・・・、困ります。(逃げる)」という答えが返ってくることが分かっていても必ずマスコミは訊く。そこにあるのは正義を振りかざすふりをした「いじめ」の構造だけではないか。
悪いことをした人を簡単に許せるほど私だって寛大ではないけれど、なんでもかんでも「責任」「責任」というのもどうかと思う。

本来、そこでは徹底的な原因追及を行って、再発を防止することに重きを置くべきだと思うが、それよりも、事件や事故を起こした組織が誰を生けにえとして差し出すかが、マスコミや大衆の興味を惹いているように思う。これはおそらく企業の内部も同じ。失敗が許されないから、新しいことを発案するより、自分の身を守ることばかりにエネルギーを注いでしまうのだろう。
 こういった現象は、明らかに社会全体が後ろ向きになっていることを意味していると思う。今、企業はコンプライアンス(法令遵守)に躍起になっている。本来、コンプライアンスとは法令や企業倫理、社会通念を守ることにより、結果として消費者に利益や安心感を与えるためのものであるべきだが、後ろ向きの社会では、単に自分を守るためだけのリスクマネージメントとして行われてしまいがちだ。
 そして、それは医療の世界においても同じだと思う。コンプライアンスは消費者(患者)の利益を守るために実践されているだろうか。
 ほとんどの施設でリスクマネージメント活動を行っている。ヒヤリハットやアクシデントレポートを集める目的は、個人のミスを責めることではなく、レポートを分析することによって構造的な欠陥を見出し、事故の再発やさらに大きな事故の発生を防ぐことにある。

しかし、後ろ向き社会の中では、失敗が許されないからレポートも出したくなくなるし、失敗の原因は自分ではないと責任転嫁したくなる。しかも、常識はずれのクレームを訴える患者さんは増える一方だ。組織はクレームを恐れているので対策を講じるが、むしろそれは大多数の善良な患者さんには不利益であったりもする。
 このような後ろ向き社会がこのまま続いたり、更にエスカレートしたりしたら、ますます医師は患者を恐れる。患者さんに良かれと思って少しばかりリスクを伴う治療を行おうと思っても、上手くいかなかったときのクレームを恐れるあまり、取り入れられなくなってしまい、結果として医療全体の質が低下することも免れないだろう。
 そんな後ろ向き社会がいつまで続くのかは見当がつかないけれど、少しでも前に進むために、私たち自身はもちろんだが、後輩たちが「前向きさ」を忘れてしまわないように心がけたいものだ。

 最後に、ここまでの話は決して不正を行った組織を庇おうとするものではない。過ちを犯した組織は素直に過ちを認め、深く反省することが必要であることは言うまでもない。

 参考文献
・「コンプライアンスの意味と構造」
  TKC全国会会長 武田隆二氏
・ IT情報マネジメント